ramen papa log

最新カメラでファミリービデオを撮る

ガジェットについて語る 第三回「mp3プレーヤーの登場」

「mp3プレーヤーの登場」

1998年、携帯型mp3プレーヤーがひっそりと発売された。

インターネット接続がまだ56kbpsモデム(今の光回線の1/1785の速度)の時代である。

mp3というファイル形式については前回詳しく論じたので参照してほしい。


このmp3プレーヤーの登場については次のHPを参考にしてほしい。

http://www.watch.impress.co.jp/akiba/hotline/980501/mpman.html


今でこそ当たり前となったiPodに代表されるmp3プレーヤーであるが、この記事でも書かれているように、

登場当時は大変なアンダーグラウンドなものとして受け取られていた。



今のデジタル音楽販売市場を当時のレコードレーベルのどれくらいの人が想像できていたであろうか。

ウォークマンディスクマン、MDウォークマンで当時先駆者かつ市場トップであったSONYはMP3プレーヤーの登場を軽視し、

その後の携帯音楽プレーヤーの失敗を犯すことになる。

アングラなMP3プレーヤー「mpman」は秋葉原を中心に売られ続けた。

ビックやヨドバシ等の一般的な家電量販店に並ぶことは決してなかった。


一部のパワーユーザーだけが知りうることのできる新世代のガジェットであった。



mpmanは初代mp3プレーヤーとして、また韓国製として、非常によくできた製品であったが、高級であった。


16MBで3万円超。(当時のメイドインコリアは低品質で有名だった。「近年のmp3プレーヤーの進化の歴史」=「韓国のデジタルデバイスの品質向上の歴史」と言える。)





私が最初に買ったmp3プレーヤはDiamond社のRioの32MBモデルであった。

http://www.watch.impress.co.jp/Akiba/hotline/981212/rio.html



Rioはmpmanに続く世界で2代目のmp3プレーヤーであり、大ヒットとなった。(パワーユーザーの間で)

ウォークマンより少し小さく、大分軽い本体に7~8曲程度の音楽を入れて私は聴いていた。

私がガジェットの権威となる黎明期である。



何を聴いていたのかはまったく思い出せない。

今でこそクラブにいくようになってクラブミュージックを頻繁にきくが、そもそも当時の私は音楽が嫌いだった。

というか興味がなかった。

それに公の場でウォークマンを聴いていること自体がけしからんという保守的思想を持っていた。

��今でも行儀のよいことだとは思わない。でも聴いているが。) そんな感じで当時は特にバリバリ使っていたわけではない。



1999年の終わりらへんよりISDNテレホーダイが始まり、ナローバンドとは言え定額制のインターネットがより身近となってきた。

それに伴い、mp3の社会的存在が大きくなり始めた。

NapsterWinMXの浸透である。

そしていよいよ日本でも大手家電メーカーがmp3プレーヤーの開発、販売を開始しはじめることとなる。

とはいっても、著作権のしがらみとmp3自体に懐疑的な大手メーカーの製品は、アジア諸国の何世代も改良を重ねてきた著作権無視のプレーヤーに比べて、ソフトウェア面で色々と面倒くささを伴ったものだった。



後発となったSONYは、グループにSONYミュージックを抱えるため、著作権保護技術を内臓しないmp3形式を大変嫌い、独自の著作権保護形式を埋め込んだ「ATRAC3」というファイル形式のみを扱える携帯デジタル音楽プレーヤーを発売した。


デジタルウォークマンである。


これが予想通り売れなかった。

製品自体はSONYの技術を使ったため、アジア諸国の安物とは違ったとても良い出来映えであったが、ダウンロードからプレーヤー転送までのシームレスさが売りであったmp3のメリットを、独自の保護技術によって一切断ってしまっていた。

既に人々の間で流通していたmp3をそのまま再生できないことが致命的要因だった。

ベータ、メモリースティックと同じ我流を押し通そうとしたのである。



このときのSONYはmp3がCGM(consumer generated media=大衆生産物)の一種であることを認識できず、メーカーの技術力によってコントロール下におけると信じていたのであろう。

mp3はオリジナルソースこそレコードレーベル製とはいえ、エンコード(mp3への変換)とロジスティクス(配布)はコンシューマーによって行われてきたものである。

最初からすべてを提供するiTuneストアがあったわけではない。(mp3プレーヤー黎明期の話)

パワーユーザー達によって作られた市場を後から囲い込むことなど不可能であるのだ。


その点、appleの戦略は上手であった。

5色のスケルトiMacによって非パワーユーザーの関心をつかんだappleは、これまでPCやmp3といった新技術に格別の意識を払っていなかった初心者をターゲットとした。

そのための手段がiTune music storeなのである。

ipodを買って付属のソフトをパソコンに入れれば、音楽の購入からipodで音楽を聴くという一連の流れをシームレスに行うことができる。

mp3というファイル形式を意識することもなければ、著作権保護云々も意識する必要がない。

欲しい音楽があれば事前にクレジット登録しておけばダブルクリックするだけでipodに転送される。

CDをもっていればそれをパソコンにいれるだけでituneで変換してタイトルやジャケット写真までネットからとってきてくれる。

また、もし仮に既にmp3を持っていても、そのままipodに転送することができた。


Appleはインターネットでアングラにmp3を落とす既存のパワーユーザーをターゲットとしたのではなく、それまでMDウォークマンを使っていた一般的な音楽ユーザーをターゲットとしたのだ。



この携帯MDプレーヤーからipodへのシフトは大いに成功し、9月12日時点でiPodは5.5世代目となっている。

日本でのシェアは圧倒的である。

iPodとはiTuneと一心同体であり、iTuneは非パワーユーザーにとってのインターネット上で唯一音楽をゲットする窓口となっている。

ipod=ituneであり、itune=ipodである。それ以外の組み合わせはないのだ。

AppleはiTuneと他社の携帯プレーヤーを接続できないようにしているし、もしできるようにしたらapple社の儲けの構図は壊れてしまいかねない。(フランス政府がituneをopenにしろといっている)

一方、apple以外の陣営はDRMWMA形式を新たな武器にappleと真っ向から戦おうとしている。

��※このマイクロソフト陣営 対 apple 対 各レコードレーベルの分布 についてはまた今度)



SONYの話に戻す。

結局面倒くさいシステムのせいで疎んじられていたウォークマンも、それが原因とわかるといよいよmp3に対応せざるをえなくなってきた。


そしてmp3対応となった。sony著作権保護は世界標準にならなかった。

しかし遅かった。



市場は既にappleが席巻し、「ipod」と「それ以外」という構図ができあがっていた。

更に、単体で売る時代(ipodのみ)からPC上のインターフェースと連動した時代(ipodとitune連携)へとシフトしつつあり、

ハード・ソフト共に後発者には苦戦を強いられている。



私が今使っているmp3プレーヤーはappleでもsonyでもなく、mp-manのMF70という機種である。世界で最初にmp3プレーヤーを出した会社である。


http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20021121/minfo.htm


メモリはたったの128MBである。

最初に買った32MBのRioはずいぶん前に壊れて動かなくなった。

MF70を2002年に9000円という当時の特価で買い、単三一本で50時間動作とそのコンパクトさにより、今でも愛用している。

しかし、世界で最初にmp3プレーヤーを発売したmp-man社はもうすでに存在しない。



mp3が公認となった現代において、息を吹き返した大手家電メーカー各社の高度な技術力によるmp3プレーヤーとipodにより、アジアの安いプレーヤーは駆逐されつつある。


そして、その中でも音楽配信ソフトの絶大な地位を築いたappleの一人勝ちとなっている。

iTuneを好まないアングラなユーザーでさえ、iPodの技術力と設計思想、メモリベンダーへの大量発注による低価格には魅力を感じざるを得ない。

他社では同じものを同じ価格でつくることは不可能となってしまっている。

それほどまでにappleは力を蓄えている。


今後、mp3プレーヤーはどうなっていくのか。

今回の論では圧倒的にapple優位に書かせてもらったが、それは日本での、現時点での話だ。


DRM付WAV形式の存在はappleに対して脅威として迫りつつある。

それに対抗すべくappleが押し出す次の戦略。


次回、ガジェットの今後と題して語りたい。